文学を考える8【自分にしか書けないことを書くこと】


井上ひさしと141人の仲間たちの作文教室 (新潮文庫)

この本については文章添削でも取り上げたが、今回は文章テクニックよりも作家の姿勢に関わる部分を引用する。

いちばん大事なことは、自分にしか書けないことを書くことです。自分にしか書けないことをだれでもわかる文章で書く。これが出来たら、プロの中のプロ。

つまり、自分にしか書けないことを書くということは、自分に集中することです。身を縮めて自分を見つめ、自分を研究して自分がいちばん大事に思っていること、辛いと思っていること、嬉しいと思っているということを書く。(中略)みんなひとりひとり少しずつ違う。その違うところを、わかりやすい、いい文章で書けば、それを読んだ人が、みんな感激したり面白がったり、「うーん」とうなったりしてくれるわけです。それだけのことなんですね。

「自己本位」とは何か。
 これは「俺がよければいい」という自己本位ではありません。そうではなくて、自分が基本である、ということです。
 自分がいったい、どういう人間なのか、自分のいいところは何だろう、だめなところは何だろう、自分は何を考えていまを生きているのか、将来、どうしたいのか?……
 つまり、あくまでも自分を中心に、いいところも悪いところも、過去も現在も未来も全部ひっくるめて自分を徹底的に研究する、ということなんですね。
 (中略)この「自己本位」が、実は作文の基本なんです。自分のことを一番よく知っているのは自分のはずです。

「読み手」のことを考えることが、実は「だれにもわかるように書く」ことなんですね。

自分だけ書いて、それで文章が出来たというのは嘘です。受け手が受け取ったとき、理解したときに――つまり読み手のなかで「ああ、なるほどね」とか「上手だな」とか、感想が生まれたとき、やっと文章が終わるわけです。
 書いたから終わったわけではない。読み手の胸に届いたとき、自分の書いた文章は目的を達成し、そこで文章は終わるわけです。

テーマは読者が感じて初めて伝わるものという考え方に通じるものを感じる。エンタメ映画の長たるハリウッドの方法論も観客が「どう感じるか」というところから立脚している。読者がわからない小難しい言葉や比喩を使って知的ぶることや、読者に委ねるなどといってラストシーンを放棄することが文学ではない。

作者の伝えたいテーマがきちんと伝わって、それでいて「なんとも言えない気持ちになる」のが文学である。
そこを勘違いしている作家は絶対に上手くならない。
小説スクールなどでは、ほんとに読んでも意味がわからない小説を書いてくる人が多い。その一番の原因は自分で読み返していないこと。誤字脱字が多すぎるのは読み直していないことがわかるし「読み手のことを考えていないから」である。入社面接でネクタイをしていないようなもの。ウケを狙おうと、大抵は落とされる。そういう小説はコンクールの一次審査でも落とされる。
「だれにでもわかるように書けない人」は読み直さない人。読み直さない理由は読むのが嫌いなのである。

Q.なぜ嫌いなのか?

A.「時間がない」「めんどうくさい」
こういった答えは初心者レベルなので問題外。原稿用紙に文字を埋めるのが作品の完成ではない。その考えは学校の作文提出レベル。「読み手の胸に届いたとき、自分の書いた文章は目的を達成し、そこで文章は終わる」と考えを改める必要がある。文字を埋めただけの小説は未完成品を提出してるのと同じである。
ハリウッドの有名脚本家の話で次のようなものがある。有名な脚本家なので、素人まがいの脚本家志望者が作品を読んでくれと持ち込んでくる。基本的には受け付けないが、どうしても断れない時には「一度だけ読むけど、この作品が面白くなかったら二度と読まない」と言うらしい。読む人間の時間を使うのだから当然だと思う。それこそスクールに通えば有料で添削してくれる。アドバイスをもらうのだって、プロに意見をもらうということは弁護士に相談するのと同じで対価を支払うべきなのである。

A.「本当はこわい」
何が怖いのか。自分の作品がくだらないということに気がつくのが怖いのである。書き上げた時の上がったテンションのまま、気持ちいい気分でいたい。これは「自分に集中する」ということが出来ていない。もう一度、引用すると「自分を研究して自分がいちばん大事に思っていること、辛いと思っていること、嬉しいと思っているということを書く。(中略)みんなひとりひとり少しずつ違う。その違うところを、わかりやすい、いい文章で書けば、それを読んだ人が、みんな感激したり面白がったり、「うーん」とうなったりしてくれるわけです。それだけのことなんですね。」

A.「読み直しても、良い悪いがわからない」
これは読解力、分析力が未熟だということ。文章やテーマの、どこがよくて、どこがまずいのかが読み直しても見分けられない。これはテクニック不足の場合もあれば、作家力不足の場合もある。作家力というのは人間力と言ってしまっても近いかもしれない。人生経験が不足しているとも言える。しかし「みんなひとりひとり少しずつ違う。その違うところを、わかりやすい、いい文章で書けば、それを読んだ人が、みんな感激したり面白がったり、「うーん」とうなったりしてくれるわけです」。例えば、40年うどん屋をやってきた主人が小説を書こうと思っても、書くことがないと言ったりする。けれど、その「40年のうどん屋」の中に物語になりえる素材はごろごろ転がっているはずである。それを見つけられるかどうかが作家力だと思う。素材を作品としてプロデュースできる力とも言えるかもしれない。

その作家力を身につけるのは、やはり読むことである。好きなものもつまらないものも読んでみることから、自分の感性が見えてくる。自分が「面白い」と思ったときは作者の「テーマ」に共感したときである。同じようなものを表現すれば、「共感」してくれる人が必ずいるはずである。

また、その共感の幅を広げることも、やはり読書である。作品を読んで身近な人と意見交換することも初歩的な手段だが、ただ「面白かった」「好きだった」「ここが良かった」と感想を言い合うだけでは読書会で、作家力を鍛えることにはあまりつながらない。鋭い視点をもっている(と思える)人の意見を参考にしながら読むことである。そういう時には評論が役にたつ。(『初心者のための「文学」』(大塚英志)から考える

いろんな作家が、どういう時代で、どういうことを書いて来たかという読書をしながら(時代区分から考える
今度は、自分自身が、今の時代の中で、これを書いていこうと決めることが「自分にしか書けないことを書くこと」である。

(緋片イルカ2019/04/13)

時代区分から考える → 文学を考える6

『初心者のための「文学」』から考える → 文学を考える7

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